2008年07月10日

GDI is a great opportunity

GDI is a great opportunity to build residual income. Low investment, useful product. How can you go wrong?
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2008年02月16日

高知県高知市御免近く陸軍2等兵の話

アメリカのグラマン戦闘機がよく空襲にきていた。
戦闘機は姿が見えないで襲ってきた。

爆音がしてるこれから、来るのがわかるという。

日本の戦闘機は、やられないように御免飛行場から離陸してゆく。

逃げているという感じだったそうだ。

『 空中退避 』と格好よく言われていたそうだ。

アメリカの戦闘機は海岸線ちかくで、ゴ−ッと、
上空に跳ねあがる感じだった。

とにかく、凄まじい空襲だったそうだ。

機銃の音で、日本の戦闘機かアメリカの戦闘機か解った。

日本の戦闘機は、タンタン、タンタンと聞こえる。

アメリカの戦闘機はザ−ザ−、ザ−ザ−と雨のような凄い音。

アメリカの戦闘機は橋の下に隠れている人。
見つけると、容赦なく橋の高さくらいまで降りてきて
ザ−、、ザ−、、と、機銃を撃ちまくっていった。

安全と思って橋の下に、いた者はほとんど殺された。
民間人だろうが兵士だろうが関係なし
手につけられないくらいだった。

飛行機というのは、そのくらい。
大きな戦力だという。


このはなしで一番印象に、残ったのは、
兵器の使い方だった。


パラパラとした機関銃の音と、雨のような弾幕の音。
もう、聞いただけで、ガックシくるような内容だと思った。


金持ちのアメリカに、
貧乏国の日本が勝てるわけがないと思った。
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てすと

テスト
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てすと

てすと
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テスト中です。

テスト中です。
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2008年01月02日

彩雲に乗っていた教官

新年明けましておめでとうございます。

旧年中は大変お世話になりありがとうございました。
本年もどうかよろしくお願い申し上げます。

みなさまにとって
今年も特別良い年でありますよう心からお祈り申し上げます。




わたしは、2008年元旦にまた新しい・プログをたちあげました。

みなさまにアドレス教えたい衝動にかられますけど…。

☆ 秘密にしますね。( 苦笑 )

自前のHP・プログにリンクするのが嫌いなのです。
もう1000ペ−ジ以上作っています。うふふふふ。
他愛のないHP・プログですけど。




そしたら、眠たくなって、、眠ってて今さっき起きました。
まるまる18時間くらい眠っていました。



夢の中で、彩雲という機体に、乗って戦争していた教官を思いました。


彩雲偵察機で3人乗りです。
ファゥラ−・フラップという新機構がついていたのです。

エンジントラブルが発生!!。
緊急事態用、臨時飛行場に向かって彩雲。

あと100mとか50mとか言われていました良く覚えていません。
滑走路の手前に機体は着陸。機体は壊れました。

教官は手を挙げて見せました。

その時に失ったのがこの親指だ!。

親指が無いての平を思い出します。戦争の爪跡です。
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2007年03月21日

高知県御免近くでの陸軍2等兵の話

アメリカの戦闘機がよく空襲にきていた。
戦闘機は姿が見えないで襲ってきた。

爆音がしてるこれから、来るのがわかるという。

日本の戦闘機は、やられないように御免飛行場から離陸してゆく。

逃げているという感じだったそうだ。

『 空中退避 』と格好よく言われていたそうだ。

アメリカの戦闘機は海岸線ちかくで、ゴ−ッと、上空に跳ねあがる
感じだった。

とにかく、凄まじい空襲だったそうだ。

機銃の音で、日本の戦闘機かアメリカの戦闘機かわかる。

日本の戦闘機は、タンタン、タンタンと聞こえる。

アメリカの戦闘機はザ−ザ−、ザ−ザ−と雨のような凄い音。

アメリカの戦闘機は橋の下に隠れている人すら見つけると
容赦なく橋の高さくらいまで降りてきて
ザ−、、ザ−、、と、機銃を撃ちまくっていった。

安全と思って橋の下にいった者はほとんど殺された。
民間人だろうが兵士だろうが手につけられないくらいだった。

飛行機というのは、そのくらい。
大きな戦力だという。


このはなしで一番印象に、残ったのは、
兵器の使い方だった。



パラパラとした機関銃の音と、雨のような弾幕の音。
もう、聞いただけで、ガックシくるような内容だと思った。


金持ちのアメリカに、
貧乏国の日本が勝てるわけがないと思った。
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2006年08月20日

一式戦闘機・隼・ハヤブサ

島根から単身赴任で下関の税務署に勤めておられた方。
模型飛行機、無線操縦で飛ぶ大きなもの、隼を持っておられた。
そのお友達が、戦時中、ハヤブサの整備をされていた。

とにかく、上級から、ぶん殴られたそうです。
もう、あれだけで、戦争は嫌いや〜と。
お酒が入ると、本心が出て、悲しい悲惨な顔になる。

戦争というのは、人の人生をまったく変えてしまうし、
精神的な傷というのは、一生・・・続くとみえてくる。

隼が飛んで、降りると、プラグを全部新品に交換していた。
あでが、不思議でたまらんかった。。と。。

もうひとつ、なにか言われていたが、思い出さない。
思い出したら、書き加えます。

とにかく、飛行機の性能は整備士の責任のようなところがあって、
殴られ泣かされたらしい。

ガソリンエンジンを好調子にするのは、
1...良い火花
2...良い圧縮
3...良い混合気なのだそうだ。

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2006年08月19日

屠竜

屠竜という双発の戦闘機が存在する。

これは、山口県の下関市に今も海上自衛隊の訓練基地として
小月があります。

ここに屠竜は配備してあったそうです。

ここの屠竜も戦争にならないのです。
空襲の時にここの屠竜はバタバタと墜落したそうです。

どうしてお前知っているのだ・・・。

それは、ここで屠竜を整備されていた方とお友達になったからです。
戦記などで、有名になる時は必ず広報のような方がいるからなのです。

この小月の戦争はあまり記述をみたことがありません。

それで、私の聞いての事を書いてみたいと思います。

空襲!!空襲で、屠竜は離陸していった。

屠竜を整備していた彼は、自分の整備した機体が、活躍してくれるのか
それとも整備不良で、帰還してくるのか、気を揉んで離陸状況を見ていた。

とにかく、少しでも速度が速くなって欲しいと・・・。
米ぬかを機体に、丁寧に塗って、ワックスした。
手塩にかけた機体だった。

すこしでも、不具合がみつかると、担当整備の者は、ぶん殴られた。

その機体が、一機また一機と離陸してゆく。

満珠(まんじゅ)干珠 (かんじゅ)・・の、

◎ 小月から下関方面の海上にある小さな島

上空にさしかかると、機体は海に墜落してゆく・・・。
同じような所で、同じようにバタバタと落ちてゆく・・・。

一機また一機と・・・。
発進を見送る者は、頑張れがんばれ、と声が飛びかう。

むなしく、屠竜はあらかた墜落して、ランチが出て、
操縦者を救助に向かっていった・・・。


燃料が悪かったのか、操縦者の空襲で、どうしても早く、
高度を得たい気持ちが先行して、操縦桿を引き過ぎて減速による失速か
それは、わからない。

下関上空における、屠竜の迎撃戦闘はなかったらしい。
その話が、どこにも出てこなかった。

話す方も虚しいと思うし
聞く方は、なんで戦争にならない事ばかりを、繰り返しているのだろう。
と・・・思う。

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ペット用品

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2006年08月18日

松山の小山進さん。

松山の小山進さん。ラジオ放送で、飛行機の操縦教官をされてて
その教育現場の放送をラジオで聞いたことがある。

本に掲載されてもいて、
問題ないと思って実名で書いています。

もし不都合おありな時は削除しますので、関係者さんはお知らせください。

飛燕という戦闘機で、戦われたエ−スパィロットです。

自己の記録は30機を越えています。
これは凄いことなのです。

太平洋戦争で、日本が製造した機体は約8万機

アメリカは25〜50万機とも。

もし、小山進さんのレベルのパィロットさんが戦線配備されてて、
アメリカは240万機をもって戦って、互角・・・。

全く単純は計算です。( 笑 )

実際に松山に行った時、電話してお会いしました。
とても素晴らしい人でした。
その時も現役で飛んでおられたです。

飛燕は日本では、エンジンが空冷でなく液冷なのでスマ−トで格好良いです。
そして、扱いが難しいエンジンだったらしいです。

そんな機体を駆って、南の空を飛行されていたのですから
これまたすごいです。
なにか思い出したらまた書き加えます。

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posted by 21nokami at 19:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 夏の思い出。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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